《はたち》であるが、父の弥太郎が立派にお役を勤めているので、彼は今もまだ無役の部屋|住《ず》みである。しかも又次郎にかぎらず、たとい部屋住みでも十五歳以上の者は見習いとして、その父や兄に随行することを黙許されていた。
 見習いというのであるから、役向きの人々の働きを見物しているだけで、自分が鉄砲を撃ち放すことを許されないのである。殊にその時代の鉄砲は頗《すこぶ》る高価で、一挺十五両|乃至《ないし》二十両というのであるから、いかに鉄砲組でも当主は格別、部屋住みの者などは本鉄砲を持っていないのが例であった。又次郎は幸いにその鉄砲を持っていたので、菰《こも》づつみにして携えて行くことにした。
 きょうは朔日でもあり、殊に今年は鷲撃ちの年番にあたって出張るのである。いわば戦場へ出陣の朝も同様であるので、和田の屋敷では赤の飯を炊いて、主人の膳には頭《かしら》つきの魚が添えてあった。旧暦の十月であるから、この頃の朝は寒い。ゆうべは木枯しが吹きつづけたので、けさの庭には霜が白かった。
 又次郎も身支度をして部屋を出ると、女中のお島が忍ぶように近寄って来た。
「若旦那さま、どうぞお気をお付け遊ばして…
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