うした。」
「乞食だか何だか知らないが、この雪の降る中に坐っているのは可哀そうだったから、小銭を投げてやって来た。」と、森積は答えた。
「それは貴公にはめずらしい御|奇特《きとく》のことだな。」と、神南は笑った。「しかし考えてみると不思議だな。この雪のふる晩に、あんな人通りの少ないところに、なんだって坐っているのだろう。頭から雪だらけになっていたようだ。」
「むむ、不思議だ。それだから貴公たちに訊いているのだ。」と、堀口は子細らしく考えていた。
「堀口はしきりに気にしているようだが、一体その婆がどうしたというのだ。」と、主人の織衛も啄《くち》をいれた。
「いや、御主人。実はこういうわけです。」と、堀口は向き直って説明した。「ただいま御当家へまいる途中で、あの鬼婆横町を通りぬけると、丁度まんなか頃の大溝《おおどぶ》のふちに一人の婆が坐っているのです。なにしろ頭から一面の雪になっているので、着物などは何を着ているのか判らない。唯からだじゅうが真っ白に見えるばかりですから、わたしも最初は雪|達磨《だるま》が出来ているのかと思ったくらいでしたが、近寄ってよく見ると、確かに生きている人間で、雪の中に坐ったままで微かに息をついているのです。」
「病気で動かれなくなったのではないかな。」と、織衛は言った。
「わたしもそう思ったので、立ちどまって声をかけて、おい、どうしたのかと言うと、その婆のすがたは消えるように見えなくなってしまったのです。なにしろ薄暗いなかで、雪明かりを頼りにぼんやり見たのですから自分にも確かなことは判りません。もしや自分の空目《そらめ》かと思ったのですが、どうもそうばかりではないらしく、一人の婆が真っ白な姿で路ばたに坐っていたのは本当のように思われてならないのです。それで、あとから来たものを一々詮議しているのですが、神南も見たと言い、森積も見たと言うのですから、もう疑うことはありません。やはりその婆が坐っていたのです。」[#「です。」」は底本では「です」]
 堀口が不思議そうに説明するのを聞いて、織衛も眉をよせた。
「その婆が坐っていたのはいいとして、貴公が近寄ると消えてしまったというのは少しおかしいな。森積、貴公が銭をなげてやったらその婆はどうした。」
 その問いに対して、森積嘉兵衛ははっきりと答えることが出来なかった。彼は雪中に坐っている老婆に幾らかの小銭
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