れ易いここらの茶屋娘のなかでも、初心《うぶ》でおとなしい女という評判を取っていることは、お絹もかねて聞いていた。林之助は今年|二十歳《はたち》になるけれども、まるで生息子《きむすこ》のようなおとなしい男であった。おとなしい男とおとなしい女――お絹は林之助とお里とを結びつけて考えなければならなかった。彼女は黙って茶を飲みながら、絶えず後目《しりめ》づかいをして、お里の髪形から物言いや立ち振舞いをぬすみ見ていた。
「たいへんに涼しくなりましたねえ」と、お君はわれ知らずに口から出たように言った。
ことしは残暑が強いので、お絹もお君もまわりの人たちもみな白地を着ていた。その白い影がなんとなく薄ら寂しく見えるほどに、今夜の風は俄かに秋らしくなった。
三
お絹は茶代を置いて床几を立った。
「もうちっとそこらをぶら付いて見ようじゃないか」と、彼女はお君を見返った。「それにしてもお腹《なか》がすいたね。家《うち》へ帰っても仕様がないから、そこらで鰻《うなぎ》でも食べようか。つまらないことを考えていると人間は痩せるばかりだ。ちっと脂っこい物でも食べて肥《ふと》ろうじゃないか」
「あら、姐さん肥りたいの」と、お君は暗いなかで驚いた顔をしているらしかった。
「お前も肥るほうがいいよ。あたしのように痩せっぽちだと、さっきのように直きにぶっ倒れるよ」
こう言ううちにもお絹の眼には、小肥りに肥ってやや括《くく》れ頤《あご》になっている若いお里の丸顔がありありと映った。地蔵眉の下に鈴のような眼をかがやかしている人形のような顔――それがお絹には堪まらなく可愛く思われると同時に、堪まらなく憎いものにも思われた。
「何だってあたしは、あいつの顔をわざわざ見に行ったんだろう」
ひょっとすると、そこに林之助を見つけ出すかも知れないと思わないでもなかったが、お絹はそれよりもまずなんとなくお里の様子が見たかったのであった。見てどうするということもない。まさかに喧嘩を売るわけにもいかない。大儀《たいぎ》な足を引き摺って長い橋を渡って、飲みたくもない茶を飲みに来たのは、自分ながら馬鹿ばかしいようにも思われた。お絹は列び茶屋や夜店の前を通りぬけて、広小路|最寄《もよ》りの小さい鰻屋の二階へあがった。
「もう気分はすっかりいいんですか」と、お君はまた訊いた。
「ああ、もう大丈夫だよ」
お君に酌
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