をしている中《うち》、一人が枯枝を拾う為に背後《うしろ》の木かげへ分入《わけい》ると、ここに大きな池があって、三羽の鴨が岸の浅瀬に降りている。這奴《こいつ》、幸いの獲物、此方《こっち》が三人に鳥が三羽、丁度お誂え向だと喜んで、忍び足で其の傍《そば》へ寄ると、鴨は人を見て飛ばず驚かず、徐《しず》かに二足ばかり歩いて又|立止《たちどま》る、この畜生めと又追縋ると、鴨は又もや二足ばかり歩む、歩めば追い、追えば歩み、二三|間《げん》ばかりも釣られて行く時、他の一人が此の体《てい》を見て、オイオイ止せよせ、例の怪物《えてもの》に相違ねえよと、声をかける。成程と心付いて其のまま引返《ひっかえ》して、私に其の噺をするから、ハテ不思議だと三人一所に、再び其の木かげへ往って見ると、エエ何の事だ、鴨は扨《さて》措いて、第一に其の池もない、扨はいよいよ怪物の所為《しわざ》だと、猶《なお》能《よ》くよく四辺《あたり》を見ると、其の辺は一面の枯草に埋っていて、三間ばかり先は切ッ立《たて》の崖になっているので、三人は思わず悸然《ぎょっ》として、若《もし》もウカウカと鴨に釣られて往こうものなら、此の崖から逆落しに滑り落ちるに相違なく、仮《たと》え生命に別条ないとしても、屹《きっ》と大怪我をする所だ、アア危いと顔を見合せて、旧《もと》の処へ引返すと、釜の下は炎々と燃上《もえあが》って、今にも噴飛《ふきとば》しそうに釜の蓋がガタガタ跳《おど》っている。ヤア飯が焦げるぞと、私が慌てて其の釜の蓋を取ると、中から湯気が真白に噴上げる、其の煙の中に大きな真青な人間《ひと》の顔がありありと現われたから、コリャ大変だいよいよ怪物だと、一生懸命に釜の蓋を上から押えて、畜生、畜生ッ、オイ早く鉄砲を撃てと怒鳴る。他の二人も心得て、何処を的《あて》ともなしにドンドン鉄砲を撃つこと二三発、それから再び釜を覗いて見るとモウ何物《なんに》も見えない。
山又山の奥ふかく分入《わけい》ると、斯《こ》ういう不思議が毎々あるので、忌々しいから何《ど》うかして其の正体を見とどけて、一番退治して遣ろうと、仲間の者とも平生《つねづね》申合せているけれども、今に其の怪物の姿を見現わした者がないのは残念です。モウ一つ不思議なのは、これも二三年前の事、私が木曽の山の麓路《ふもとじ》を通ると、商人《あきんど》らしい風俗の旦那と手代二人が、木かげ
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