れていたので、大家と云われるほどの商家の主人でも、大抵は銭湯へ入浴に行った。明治以後はその禁制も解かれ、且は地方人が多くなった為に一時は内風呂が頗る流行したが、不経済でもあり、不便でもあるというので、明治の中頃からは次第に廃れて、大抵は銭湯へ行くようになった。大正以後、内風呂がまた流行り出して、此頃は大抵の貸家にも風呂場が附いているようになったが、それが又どう変るか判らない。
[#地付き](『江戸と東京』38[#「38」は縦中横]年4月号)
底本:「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」河出書房新社
2004(平成16)年1月30日発行
初出:「江戸と東京」
1938(昭和13)年4月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年4月15日作成
2008年6月1日修正
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