ころへ、町内のならず者ふたりが忍び込んで来た。かれらは平吉が富に当ったことを知っていて、まず彼を刺し殺してその金を奪い取るつもりであったらしいが、金のありかは判らなかった。かれらは死人のふところから使い残りの一両あまりを探し出して、わずかに満足するほかはなかった。かれらは行きがけの駄賃に、そこにある酒樽に眼をつけて飲みはじめた。酒には毒が入れてあったので、かれらはその場で倒れてしまった。
 以上の想像が事実とすれば、平吉を殺そうとした酒が却って平吉の味方になって、その場を去らずに仇《かたき》二人をほろぼしたのである。左官屋の女房が酒を贈らずとも、平吉はしょせん逃がれない命で、もしその酒がなかったらば賊は易々《やすやす》と逃げ去ったであろう。平吉に取って、かの女房は敵か味方か判らない。思えば不思議なめぐりあわせであった。
 しかし、それで女房の罪が帳消しにならないのは判りきっていた。たといその結果がどうであろうとも、かれは預りの金を奪わんがために毒酒を平吉に贈ったのであるから、容易ならざる重罪人である。女房も詮議がだんだんきびしくなって来たのを恐れて、罪の重荷を放しうなぎと共に大川へ沈めたのであろう。
 秋が深くなって、岸の柳のかげが日ごとに痩せて行った。橋番のおやじは二人の供養のために、毎あさの放し鰻を怠らなかった。



底本:「蜘蛛の夢」光文社文庫、光文社
   1990(平成2)年4月20日初版1刷発行
初出:「民衆講談」
   1923(大正12)年11月
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:花田泰治郎
2006年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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