ときまったことはなかったが、玄関から中の間につづいて、十二畳と八畳の書院がある。怪しい石はこの書院に落ちる場合が多かった。おそらく鼬《いたち》か古鼠の所為であろうというので、早速に天井板を引きめくって検査したが、別にこれぞという発見もなかった。最初は夜中にかぎられていたが、後には昼間でもときどきに落ちることがある。石はみな玉川砂利のような小石であった。これが上屋敷にもきこえたので、若侍五、六人ずつが交代で下屋敷に詰めることになったが、石は依然として落ちてくる。そうして、何人《なんぴと》もその正体を見とどけることが出来ないのであった。
勿論、屋敷の名前にもかかわるというので、固く秘密に付していたのであるが、口の軽い若侍らがおしゃべりをしたとみえて、その噂がそれからそれへと伝わった。わたしの父はその藩中に親しい友達があったので、一種の義勇兵としてこの夜詰に加えてもらうことを頼んだ。表向きには到底そんなことは許されないのであるが、幸いにそれが下屋敷であるのと、他の若侍にも懇意の者が多かったので、まあ遊びに来たまえといったようなことで、ともかくも一度その夜詰の仲間に加えられた。妖怪を信じない父であるから、なんとかしてその正体を見破って、臆病どもの鼻をあかしてやろうぐらいの意気込みで出かけた。それは六月のなかばで、旧暦ではやがて土用に入ろうというカンカン天気のあつい日であった。
父の行ったのは午後の八つ半頃(午後三時)で、きょうは朝から一度も石が落ちないとのことであった。詰めている人達も退屈凌ぎに碁などを打っていた。長い日もようやく暮れて、庭の古池のあたりから遅い蛍が二つ三つ飛び出した頃に、天井から小さい石が一つ落ちた。人々は十二畳の書院にあつまっていたのであるが、この音を聞いて今更のように天井をみあげた。父はその石を拾ってみたがそれは何の不思議もない小砂利に過ぎなかった。石はそれぎりで、しばらく落ちて来なかったが、夜の四つ(十時)過ぎからは幾たびも落ちた。
石は天井のどこから落ちて来るのか、ちっとも見当が付かなかった。一人でも天井を睨んでいるあいだは、石は決して落ちないのである。退屈して自然に首をさげると、その隙を窺っていたように石がこつりと落ちてくる。決してばらばらと降るのではない、唯一つ静かに落ちてくるのである。毎晩のことであるから、どの人ももう根負けがしたらしく
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