や藁などでその上を掩《おお》って置いたが、それもやはり成功しなかった。
「海から来るならば格別、もし山から来るならば足跡のつづいていない筈はない。根《こん》よくそれを穿索《せんさく》してみろ。」
 老人たちに注意されて、成程《なるほど》と気付いた若者どもは、さらに足跡の詮議をはじめると、山の方角にはどうもそれらしい跡を発見し得なかったので、怪しい馬はやはり海から上って来ることに決められてしまった。
「海馬か、トドだ。」
 海獣が四本の足を持っているかどうかということを、その時代の人たちは考えなかったらしく、それを一種の海獣と鑑定したのである。そのうちに、ここにひとつの事件が起った。
 それは二月なかばの陰った夜である。本来ならば月の明るい頃であるが、今夜は雨もよいの暗い空に弱い星の光りが二つ三つひらめいているばかりであった。こんな晩には出て来るかも知れないと、馬狩りの群れは手配りして待ち構えていると、やがてかの嘶きの声がきこえた。つづいて一ヵ所の陥し穽で鳴子《なるこ》の音がきこえた。素破《すわ》こそと彼等は一度そこへ駈けあつまって、用意のたいまつに火をともして窺うと、穴の底に落ちている
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