。いかに大切の宝なりとも、人ひとりの命を一枚の皿に替へようとは思はぬ。皿が惜さにこの菊を成敗すると思うたら、それは大きな料簡《れうけん》ちがひぢや。菊。その皿をこれへ出せ。
お菊 はい。
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(時の鐘きこゆ。お菊は箱より恐る/\一枚の皿を出す。播磨はその皿を刀の鍔《つば》に打ちあてて割るに、お菊も權次もおどろく。)
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播磨 それ、一枚……。菊、あとを数へい。
お菊 二枚……。
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(お菊は皿を出す。播磨は又もや打割る。)
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播磨 それ、二枚……。次を出せ。
お菊 三枚……。
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(播磨はまた打割る。權次も思はずのび上る。)
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權次 おゝ、三枚……。
播磨 次を出せ。
お菊 四枚……。
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(播磨は又もや打割る。)
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播磨 四枚……。もう無いか。
お菊 あとの五枚はお仙殿が別のお箱へ入れて持つてまゐりました。
播磨 むゝ。播磨が皿を惜むのでないのは、菊にも權次にも判つたであらうな。青山播磨は五枚十枚の皿を惜んで、人の命を取るほどの無慈悲な男でない。
權次 それほど無慈悲でないならば、なんでむざ/\御成敗を……。
播磨 そちには判らぬ。黙つてをれ。しかし菊には合点がまゐつた筈。潔白な男のまことを疑うた、女の罪は重いと知れ。
お菊 はい、よう合点《がてん》がまゐりました。このうへはどのやうな御仕置を受けませうとも、思ひ残すことはござりませぬ。女が一生に一度の男。(播磨の顔を見る。)恋にいつはりの無かつたことを、確かにそれと見きはめましたら、死んでも本望でござりまする。
播磨 もし偽りの恋であつたら、播磨もそちを殺しはせぬ。いつはりならぬ恋を疑はれ、重代の宝を打割つてまで試されては、どうでも赦すことは相成らぬ。それ、覚悟して庭へ出い。
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(お菊の襟髪を取つて庭へつき落す。權次はあわててお菊を囲ふ。播磨は庭下駄をはきて降り立つ。――)
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