のころ『文芸倶楽部《ぶんげいくらぶ》』の編輯主任をしていた森暁紅《もりぎょうこう》君から何か連載物を寄稿しろという註文があったので、「半七捕物帳」という題名の下《もと》に先ず前記の三種を提出し、それが大正六年の新年号から掲載され始めたので、引きつづいてその一月から「湯屋の二階」「お化《ばけ》師匠《ししょう》」「半鐘の怪」「奥女中」を書きつづけました。雑誌の上では新年号から七月号にわたって連載されたのです。
そういうわけで、探偵物語の創作はこれが序開《じょびら》きであるので、自分ながら覚束《おぼつか》ない手探りの形でしたが、どうやら人気にかなったというので、更に森君から続篇をかけと註文され、翌年の一月から六月にわたってまたもや六回の捕物帳を書きました。その後も諸雑誌や新聞の註文をうけて、それからそれへと書きつづけたので、捕物帳も案外多量の物となって、今まで発表した物語は約四十種あります。
半七老人は実在の人か――それについてしばしば問いあわせを受けます。勿論、多少のモデルがないでもありませんが、大体に於て架空の人物であると御承知ください。おれは半七を識《し》っているとか、半七のせがれは歯医師であるとか、あるいは時計屋であるとか、甚だしいのはおれが半七であると自称している人もあるそうですが、それは恐く同名異人で、わたしの捕物帳の半七老人とは全然無関係であることを断っておきます。
前にもいった通り、捕物帳が初めて『文芸倶楽部』に掲載されたのは大正六年の一月で、今から振返ると十年あまりになります。その『文芸倶楽部』の誌上に思い出話を書くにつけて、今更のように月日の早いのに驚かされます。
底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日第1刷発行
2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「文芸倶楽部」
1927(昭和2)年8月号
初出:「文芸倶楽部」
1927(昭和2)年8月号
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年10月24日作成
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