見かえると、それはお冬であるらしかった。
「およしなさい」と、女は小声で云った。
それは果たしてお冬であった。
不意に声をかけられて長三郎もやや躊躇していると、暗い家のなかでは人の動くような音がきこえた。お冬は再び長三郎の袖をつかんで、無理に引き戻すように桃の木のかげへ連れ込むと、何者かが縁さきへ出て来た。暗いなかでも見当が付いているらしく、直ぐに下駄を穿《は》いて表へ出てゆく姿を薄月に透かして視ると、それはすっきりとした痩形の女であった。この女が幸之助を恨み、幸之助を嚇《おど》していたのかと思ううちに、その姿は露路の外へ幽霊のように消えてしまった。
長三郎もお冬も無言でそれを見送っているうちに、やがて又静かに縁を降りて来る者があった。それは幸之助で、なにか思案《しあん》しているような足取りで、力なげに表へ出て行くのを、長三郎は殆ど無意識に尾《つ》けて行こうとすると、お冬は又ひきとめた。
「およしなさい」
なぜ止めるのか、長三郎には判らなかった。それを諭《さと》すように、お冬はささやいた。
「あの人たちは怖い人です」
なぜ怖いのか、長三郎にはやはり判らなかった。しかし、かの女
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