は表通りに小さい店を持っていたのであるが、三年前に女房に死に別れて、店のあきないをする者がなくなったので、町内の人々の諒解を得て、店は他人にゆずり自分は露路の奥に引っ込んで、やはり町内の雑用《ぞうよう》を勤めているのであった。
「藤助には娘があったね」と、長三郎は又訊いた。
「お冬という娘がございます」と、源蔵はうなずいた。「明けて十五で、人間もおとなしく、容貌《きりょう》もまんざらでないんですが、可哀そうに、子供の時に疱瘡《ほうそう》が眼に入ったもんですから、右の片眼が見えなくなってしまいました」
「その娘も心配しているだろうね」
「もちろん心配して、お神籤《みくじ》を引いたり、占《うらな》いに見て貰ったりしているんですが、どうもはっきりした事は判らないようです」
 これだけ聞けば、その上に詮議の仕様もないように思われたが、ともかくも藤助の家の様子を一応は見とどけて帰ろうと思い直して、長三郎はその案内をたのむと、源蔵は先きに立って自身番に近い露路のなかへはいった。長三郎もあとに付いて、昼でも薄暗いような露路の溝板《どぶいた》を踏んで行った。
 露路の入口は狭いが、奥には可なりに広いあ
前へ 次へ
全165ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング