に手をかけていたのを見ると、なにか怪しい物にでも出会って、異常の驚愕か恐怖のために心《しん》の臓を破ったのではあるまいかと、医者は覚束《おぼつか》なげに診断した。寺の住職も先ずそんなことであろうと云った。長八親子は途方に暮れたように歎息した。お富は泣き出した。
「さて、これからだ」
 長八は膝に手を置いて、その太眉を陰《くも》らせた。長三郎も薄々あやぶんでいた通り、これが表向きになると黒沼の家に疵が付かないとも限らない。死んだ者は余儀ないとしても、その家の跡目が立たないようでは困る。長八は差しあたりその善後策を考えなければならなかった。
 この時代の習いとして、こういう場合には本人の死を秘《かく》して、娘に急養子をする。そうして、まず養子縁組の届けをして置いて、それから更に本人急死の届けを出すことになる。一面から云えば、まことに見え透いた機関《からくり》ではあるが、組頭もその情を察して大抵はその養子に跡目相続を許可することになっている。今度の事件もその方法によって黒沼家の無事を図《はか》るのほかは無い。
「あとあとのこともいろいろござるに因って、今夜のことは何分御内分に……」
 と、長
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