つまれて見えなかった。
「あのお侍さんは死にましたか」と、男は訊《き》いた。
 なんと答えていいかと、長三郎はすこし躊躇していると、男は重ねて云った。
「あのかたは何と仰しゃるんです」
 長三郎はこれにも答えることは出来なかった。黒沼伝兵衛が往来なかで訳のわからない横死《おうし》を遂げたなどと云うことが世間に洩れきこえると、あるいは家断絶というような大事になるかも知れないのであるから、迂闊《うかつ》な返事をすることは出来ない。殊に心の急《せ》いている折柄、こんな男に係り合っているのは迷惑でもあるので、彼は無愛想に答えた。
「そんなことは知らない」
「お若いかたですか」
「知らない、知らない」
 云い捨てて長三郎は又すたすたと歩き出すと、男は執念深く付いて来た。
「それから、あの……」
 まだ何か訊こうとするらしいので、長三郎は腹立たしくなった。それには云い知れない一種の不安も伴って、彼は無言で逃げるように駈け出した。暗闇を駈けて、音羽の大通りの角まで来ると、彼はまた何者にか突き当たった。
「瓜生さんの若旦那ですか」と、相手は声をかけた。
 それは藤助である。彼の持っている提灯も消えてい 
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