た訳じゃあるめえな」
「情婦《いろ》になってくれりゃあいいが、まだそこまでは運びが付かねえ」
「それにしても、不思議だな。あの女がおめえに金を貸してくれると云うのは……。どうして貸してくれるんだよ」
「はは、それは云えねえ。なにしろ、おれには貸してくれるよ。おれが口説けば、お近さんは貸してくれるんだ」
「それじゃあ、おれも頼んでみようかな」
「馬鹿をいえ。おめえなんぞが頼んだって、四文も貸してくれるもんか。はははははは」
 こんなことを話しながら、押し合ってゆく二人のうしろには、又ひとつ黒い影が付きまとっていた。音羽の七丁目から西へ切れると、そこに少しばかりの畑地がある。そこへ来かかった時に、むこうから拍子木《ひょうしぎ》の音が近づいて、火の番の藤助の提灯がみえた。
「今晩は」と、藤助が先ず声をかけた。
「やあ、御苦労だな」と、中間のひとりが答えた。「べらぼうに寒いじゃあねえか」
「お寒うございますな」
「いくら廻り場所だって、こんなところを正直に廻ることもあるめえ。ここらにゃあ悪い狐がいるぜ」と、他のひとりが笑いながら云った。
「なに、狐の方でもお馴染《なじみ》だから大丈夫ですよ」と
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