わって、坊さんにも逢って、白い蝶々について何か心あたりはないかと聞き合わせてみたが、お寺の方ではなんにも知らないと云うので、とうとう思い切って引き揚げてきたそうだが……。なにしろ不思議なこともあるものさね。おまえも本当にその蝶々を見たのかえ」
 もう隠してもいられなくなって、お北はゆうべの一件を母に打ち明けると、お由の顔はまた陰《くも》った。若い娘たちが夜ふかしをして、夜道をあるいて、ふたりが同時に風邪を引いた。――そんなことは一向にめずらしく無いのであるが、それに怪しい蝶の一件が絡《から》んでいるだけに、二人の病気には何かの因縁があるように思われないでもなかった。
「家《うち》のお父さまはね」と、お由は又云った。「ああいう人だから、今度のことについて別に嘘だとも本当だとも云わないけれど、わたしはなんだか気になって……。もしやお前が悪くでもなっては大変だと、内々案じていたのだが、この分じゃ仔細も無さそうだ。それにしても、お勝さんの見舞ながらお隣りへ行って、おまえも確かにその蝶々を見たと云うことを、小父さんに話して来なければなるまい。わたしはこれからちょっと行って来ますよ」
 お由は有り合わせの菓子折か何かを持って、直ぐに隣りへ出て行った。その留守に、お北は妹を枕もとへ呼んで、ゆうべの夢のことに就いて更に詮議すると、お年は確かに姉さんが白い蝶々になった夢をみたと云った。子供の夢ばなしなど、ふだんは殆ど問題にもならないのであるが、今のお北に取っては何かの意味ありげにも考えられた。彼女はなんだか薄気味悪くなって、この部屋のどこかに蝶の白い影が迷っているのでは無いかと、寝ながらに部屋の隅々を見まわした。
 半※[#「日+向」、第3水準1−85−25]ばかりの後に、お由は帰って来て、娘の枕もとで又こんな事をささやいた。
「おまえとは違って、お勝さんはどうも容態《ようだい》がよくないようで、丁度お医者を呼んで来たところさ。お医者は質《たち》の悪い風邪だと云ったそうだけれど、小父さんはよっぽど心配しているようだったよ」
「小父さんは何と云っているのです」
「黒沼の小父さんはまだ本当にはしていないらしいのだがね。それでも自分の娘が悪くなったし、お前も確かにその蝶々を見たと云うのだから、少し不思議そうに考えているようだったが……。黒沼の小父さんの話では、それがもう町方《まちかた》の耳
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