は相手の顔をみあげた。
「春の日が長いと云っても、綾瀬まで往復しては、どうしても暗くなるだろう」
「暗くなるのは構いませんが、行っても無駄でしょうか」と、長三郎は念を押した。
「無駄らしいな」
「では、あなたは姉の居どころを御存じなのですか」
「いや、知らない。わたしは知らない」と、理右衛門は迷惑そうに答えた。「だが、こんな遠方へは来ていそうもない。燈台|下暗《もとくら》しと世のたとえにも云う通り、尋ね物というものは案外手近にいるものだ」
その口ぶりが何かの秘密を知っているらしいので、長三郎の胸はおどった。彼はあまえるように理右衛門に訊いた。
「あなたは御存じなのでしょう。どうぞ教えてください。幸之助はともかくも、姉の居どころだけを教えて下さい。お願いです」
「いや、知らない。まったく知らない」と、理右衛門はいよいよ迷惑そうに云った。「わたしはただ燈台下暗しという世のたとえを云ったまでだ。ともかくもここまで踏み出して来たのだから、無駄と思って綾瀬まで行ってみるのもいいかも知れない。綾瀬へはこれから真っ直ぐだ。わたしはこれから右へ切れるから、ここで別れるとしよう」
理右衛門は俄かに右へ切れて、田圃路《たんぼみち》を足早に立ち去った。
その逃げるような態度といい、さっきからの口ぶりといい、一種の疑念が長三郎の胸に湧いたので、彼も見えがくれに理右衛門のあとを尾《つ》けて行こうと思った。しかも直ぐに歩き出しては、相手に覚られる虞《おそ》れがあるので、暫くやり過ごしてからの事にしようと思案して、立ち停まって其処らを見まわすと、路ばたに小さい掛茶屋があった。
花見の時節ももう近づいたので、ここらの農家の者が急拵えの店を作ったらしいが、まだ商売を始めているわけではなく、ほんの型ばかりの小屋になっている。その小屋に隠れるつもりで長三郎は何ごころなく踏み込むと、そこに立てかけてある古い葭簀《よしず》のかげから人が現われた。
不意におどろかされて長三郎は思わず立ちすくむと、人は若い女で、かのお冬であった。時も時、場所も場所、ここでお冬に出逢って、長三郎は又おどろかされた。彼は無言で屹《きっ》と睨んでいると、お冬は無遠慮に摺り寄って来た。その片眼は異様にかがやいていた。
「若旦那。又ここでお目にかかりました」
「どうしてこんな所に来ている」
「もう自分の家《うち》へも帰れません
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