は初めて口を切った。「おめえはなぜ黙っているんだよ」
「黙っていやあしねえ。おめえが黙っているんだ」
「それじゃあ俺の訊くことを、なぜ云わねえ」と、吉五郎は鋭く睨み付けた。
「だって、なんにも知らねえんだ」と、鉄造は吃りながら云った。
「きっと知らねえか。知らなけりゃあ訊かねえまでのことだ。おれも黙っているから、おめえも黙っていろ」
「もう黙っちゃあいられねえ」
「それじゃあ云うか」
「云うよ、云うよ」と、鉄造は悲鳴に近い声をあげた。
「嘘をつくなよ」
「嘘はつかねえ。みんな云うよ」
「まあ、待て」
吉五郎は立って、階子《はしご》の下をちょっと覗いたが、引っ返して来て再び鉄造とむかい合った。
「さあ、おれの方からは一々訊かねえ。おめえの知っているだけのことを残らず云ってしまえ」
初めの喧嘩腰とは打ってかわって、鉄造はもろくも敵のまえに兜《かぶと》をぬいだ。それでも彼はまだ未練らしく云った。
「おれがべらべらしゃべってしまった後で、おめえは俺をどうするんだ」
「どうもしねえ、助けてやるよ」
「助けてくれるか」
鉄造はほっ[#「ほっ」に傍点]としたような顔をした。吉五郎は彼に勇気を付けるために、徳利を取って酌をしてやった。
一四
姉のお北の死骸が江戸川に浮かびあがった時、弟の瓜生長三郎は向島の堤下《どてした》をあるいていた。
彼はきのうも姉のゆくえを尋ねあるいて、本所まで来たのであるが、日が暮れたので途中から帰った。そうして、親子相談の末、きょうも、長三郎は小松川から小梅、綾瀬、千住の方面に向かい、父の長八も非番であるので、これは山の手の方角に向かうことになった。今と違って、その時代の人々は親類縁者の義理をかかさず、それからそれへと遠縁の者までもふだんの交遊をしているので、こういう場合には心当たりがすこぶる多く、殊に交通不便の時代であるから、親類縁者を一巡さがし廻るだけでも容易でなかった。
長三郎はまず小松川と小梅の縁者をたずねると、どこにも姉のすがたは見えなかった。かえって先方では寝耳に水の家出沙汰におどろかされて、長三郎にむかって前後の事情などを詳《くわ》しく詮議した。それらのために案外に暇取って、小梅を出たのは、もう七ツ(午後四時)を過ぎた頃であった。
旧暦の二月なかばであるから、春の彼岸《ひがん》ももう近づいて、寺の多い小梅のあたりは
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