たく斯うなりゃあ生洲の魚だ。そのお亀……お近という奴は今まで何処に隠れていたんでしょう。初めから佐藤の屋敷に忍んでいたんでしょうか」
「そうじゃあるめえ」と、吉五郎は頭《かぶり》をふった。「それなら足かけ四年も知れずにいる筈はねえ。女は確かに草鞋を穿いていたに相違ねえ。おれもよく調べて見なけりゃあ判らねえが、佐藤という旗本はお近が深川にいる時からの馴染かも知れねえ。留の話によると、佐藤は三年ばかり長崎へお役に出ていて、去年の秋に江戸へ帰って来ると、お近はそのあとから付いて来たと云うのだ。してみると、お近も長崎へ行っていて、佐藤と一緒に引き揚げて来たのだろう。おれ達が鵜の目鷹の目で騒いでも知れねえ筈よ、相手は遠い長崎の果てに飛んでいたのだ」
 云いかけて、吉五郎は俄かに表へ耳をかたむけた。
「なんだか騒々しいようだぜ。火事かな」
 兼松はすぐに立って往来にむかった肱掛け窓をあけると、うららかな春の町を駈けてゆく人々のすがたが乱れて見おろされた。
「弥次馬が駈け出すようですね。なんだろう。ちょいと見て来ます」
 云いすてて兼松は階子《はしご》を降りて行ったが、やがて引っ返して来て仔細ありげにささやいた。
「江戸川橋の下へ死骸が浮き上がったそうですよ」
「死骸が……」と、吉五郎も眼をひからせた。「女か」
「若い女だそうです。何でも十八、九の……」
「十八、九か」
「なにしろ直ぐに行って来ましょう」
「むむ。おれも後から行く」
 兼松を出してやって、吉五郎は忙がしそうに手をたたくと、女中が階子《はしご》をあがって来た。
「どうも遅くなりまして相済みません。御飯は唯今すぐに……」
「いや、飯の催促じゃあねえ」と、吉五郎は煙草入れを仕舞いながら云った。「姐さん。そこの川へ死骸が浮いたそうだね」
「そうだそうで……」と、女中は声をひくめた。「わたくしは見に参りませんけれど、まだ若い娘さんだそうです」
「十八、九というじゃあねえか」
「ええ。なんでもここらの人らしいという噂で……」
「ここらの人だ……。お武家かえ、町の人かえ」
「お武家さんらしいとか申しますが……」
「そうかえ。わたしたちは少し急用が出来たから、酒も飯もいらねえ。直ぐに勘定をしてくんねえ」
「はい、はい」
 女中が早々に降りて行ったあとで、吉五郎は一旦しまいかけた煙草入れを取り出して、また徐《しず》かに一服吸った。
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