ここに濡れ草鞋をぬぐと、顔を見おぼえている宿の者は丁寧に案内して二階座敷へ通した。祭りの済んだ後といい、この天気に道中の旅びとも少ないとみえて、ここの二階はがら明きであった。
 このあいだの遊山旅《ゆさんたび》とは違うので、風呂にはいって夕飯を済ませた後に、半七は宿の亭主を二階へ呼びあげて、自分たちの身の上を明かした。
「この宿《しゅく》に釜屋という同商売があるね」
「はい。手前共から五、六軒さきでございます」
「すこし訊きたいことがあるから、釜屋の亭主を呼んで来てくれ」
「はい、はい」
 亭主はかしこまって、早々に釜屋の亭主文右衛門を呼んできた。文右衛門は四十五、六の篤実らしい男であった。江戸の御用聞きに呼び付けられて、彼は恐るおそる挨拶した。
「手前は釜屋文右衛門でございます。なにか御用でございましょうか」
「早速だが、この五日の闇祭りの晩に、おめえの店の女客が一人消えてなくなったそうだね。きょうでもう五日になる。まだなんにも手がかりはねえのかね」
「四谷坂町の伊豆屋のおかみさんが見えなくなりまして、手前共でも心配して居るのでございますが、まだなんにも手がかりがございませんので、実
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