三歳の子供であったのを、母のおみのが引き連れて、甲州の身寄りの方へ立ちのいた。もちろん和泉屋では相当の扶助をしてやったに相違ない。
その幾次郎が八つか九つに成人した時に、恐らく前々からの約束があったのであろう。江戸へ出て来て旧主人の和泉屋に奉公することになった。表向きは遠縁の者だと云うことにして、主人も特別に眼をかけて使っていた。和泉屋に子が無いので、番頭の忠義に報いるために、或いはこの幾次郎を養子にするのでは無いかと云う者もあったが、その想像は外れて、主人の甥の清七が十三の年から貰われて来た。幾次郎はやはり奉公人として働いていて、彼が堅気の店の者に似合わず、稽古所ばいりをしたり、折りおりには新宿の遊女屋遊びをしたりするのを主人が大目《おおめ》に見ているのも、亡父の忠義を忘れない為であろう。たとい養子には据わらずとも、ゆくゆくは暖簾でも分けて貰って、一軒の店の主人になるであろう、と、昔を知るものは噂している。
「成程、幾次郎という奴には、そういう因縁があるのか」と、半七はうなずいた。「そこで、その幾次郎は相変らず店に働いているのか」
「きょうも店に坐っていました」と、云いかけて、善八
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