なかではあり、大変な混雑ですから、どうすることも出来ません。夜が明けたら何処からか出て来るだろうと、三人は一睡も致さずに、夜の白らむのを待って居りましたが、おかみさんの姿はどうしても見えません。そのうちに日が高くなって、ほかの客はだんだんに引き揚げてしまいましたが、わたくし共は帰ることが出来ません。宿屋の者にも頼みまして、心あたりを隈なく探させましたが、なんにも手がかりがございません。その晩はとうとう府中に泊まりましたが、おかみさんは帰って参りません。店の方でも心配しているだろうと存じまして、三人相談の上で、孫太郎だけが府中に残り、若旦那とわたくしは早駕籠で江戸へ戻りました。
 主人もおどろきまして、親類などを呼びあつめて、ゆうべは夜の更けるまでいろいろ相談を致しましたが、みんなも心配するばかりで、さてどうという知恵もございません。町内の下駄屋さんがこの幸次郎さんとお心安くしていると云うことを聞きまして……」
「そういうわけで、わっしの所へ頼みに来なすったのですが……」と、幸次郎は取りなすように云った。「わっし一人で請け合うわけにゃあ行かねえ。まして江戸から五里七里と踏み出す仕事だから
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