摩川の河原に出た。水が浅いので死ねないと思ったのであろう。お国が持ち出した剃刀《かみそり》で、男は女の喉《のど》を突いた。さらに自分の喉を突いた。それでも直ぐには死に切れなかったらしく、血みどろの二人は抱き合ったままで、浅瀬にすべり込んで倒れているのを、明くる朝になって発見された。別に書置らしい物は残されていなかったが、二人が合意の心中であることは疑うまでもなかった。
それは去年の八月、河原の蘆《あし》の花が白らんだ頃の出来ごとで、若い男女をむごたらしい死の淵《ふち》に追いやったのは、友蔵の悪法に因ることが自然に世間にも知れ渡ったが、相手が悪いので甲州屋でも表向きの掛け合いをしなかった。それをいいことにして、友蔵は平気で遊び暮らしていたが、その以来、さなきだに評判の悪い友蔵はいよいよ土地の憎まれ者になった。お国と清七の幽霊が恨みを云いに出るという噂も立てられた。友蔵は昼間こそ平気な顔をしているが、夜は血だらけの幽霊ふたりに責められて、唸って苦しむなどと誠しやかに云い触らす者もあった。
宿屋の女中らの話は先ずこうである。成程ひどい奴だと半七らも云ったが、お国と清七が合意の心中である以
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