みだしな》みのいい女で、朝は暗いうちにお化粧を済ませて、自分の素顔を人に見せたことが無かったと云いますから、そのあばたを隠すためには本人もよほど苦心していたと見えます。
 殺された晩にも、勿論お化粧をしていたのでしょうが、万力が顔の血でも洗った為に、初めて生地《きじ》があらわれたのでは無いかと察せられます。折角隠していたあばたの顔を、死んだ後に晒されては、お俊も残念であったかも知れません。お家騒動を起こすつもりであったかどうだか、万力の片口ばかりでは判りません。しかしその位のことは仕兼ねない女だという評判もありました」
 最後に残ったのは、例の碁盤の一条である。それに就いて半七老人は斯う語った。
「碁盤は伊勢屋へ戻されましたが、いくら薄雲の由来付きでも、もうこうなってはどうにもなりません。伊勢屋ではそれを菩提寺へ送って、大勢の坊さんにお経を読ませて、寺の庭で焼き捨ててしまったそうです。その煙りの中から女の首をくわえた猫があらわれたなぞと、本当らしく吹聴する者もありましたが、これはヨタに決まっています。
 銀之助は、その歳の暮に本家へ帰りました。そうしてぶらぶらしているうちに、慶応四年の上野の戦争、下谷の辺で死にました。と云っても、彰義隊に加わったわけじゃあない。町人の風をして、手拭をかぶって、戦争見物に出かけると、流れ玉にあたって路傍《みちばた》で往生、いかにもこの男らしい最期でした」



底本:「時代推理小説 半七捕物帳(六)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年12月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:山本奈津恵
2000年2月3日公開
2004年3月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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