と、万力はますます腹が立ちました。
 その矢さきに例の碁盤を見て、万力は急に殺気を帯びて……。猫のたましいが乗り移ったと云うわけでも無いでしょうが、もう銀之助などはどうでもいい、今夜のうちにお俊を殺してしまおうと断然決心して、日の暮れる頃から相生町一丁目へ出かけて、お俊の家《うち》のあたりを徘徊していると、どこへ行くつもりかお俊は頭巾をかぶって出て来ました。これ幸いと声をかけて、旦那は深川の平清《ひらせい》に来ているので、私がおまえさんを迎いに来たと云う。お俊も万力に対しては内々用心していたのでしょうが、そこが運の尽きと云うのでしょう。うっかり瞞《だま》されて一つ目の橋の上まで来ると、人通りのないのを見すまして、万力は不意にお俊の喉を絞めました。相撲の力で絞められちゃあ堪まりません。お俊は半死半生でぐったりとなったのを、万力は背中に負って、回向院前の自宅へ帰りました。
 万力は男世帯で、家には黒松という取的《とりてき》がいるだけです。その黒松に手伝わせてお俊の首を斬り落とし、死骸は床下に埋めました。これで先ずお俊は片付けてしまいましたが、もしや銀之助が泊まりにでも来ているかと、万力は夜
前へ 次へ
全42ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング