かないので、薄雲は叱って追い返そうとしても、猫はなかなか立ち去らない。ふだんと違って、すさまじい形相《ぎょうそう》で唸りながら、薄雲のあとを追おうとする。これには持て余して人を呼ぶと、三浦屋の主人も奉公人も駈けて来て、無理に猫を引き放そうとしたが、猫はどうしても離れない。
 こうなると、猫は気が狂ったのか、さもなければ[#「さもなければ」は底本では「さもなけれは」]薄雲を魅込《みこ》んだのだろうと云うことになって、主人は脇差を持って来て、猫の細首を打ち落とすと、その首は風呂場へ飛び込みました。見ると、風呂場の竹窓のあいだから一匹の大きい蛇が這い降りようとしている。猫の首はその蛇の喉《のど》に啖《くら》い付いたので、蛇も堪まらずどさりと落ちる。その頃の吉原は今と違って、周囲に田圃《たんぼ》や草原が多いので、そんな大きな蛇が何処からか這い込んで来たとみえます。猫はそれを知って主人を守ろうとしたのかと、人々も初めて覚ったがもう遅い。薄雲は勿論、ほかの人々も猫の忠義をあわれんで、その死骸を近所の寺へ送って厚く弔ってやりました。
 その時に例の碁盤も一緒に添えて、その寺へ納めたのだそうですが、そ
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