傍点]と云っても、もう及ばない。相手の船は一間あまりも開いてしまったので、大兵肥満の彼は身を跳らせて飛び込むことは出来ない。彼は実に途方に暮れた。
その騒ぎに由兵衛も後戻りをして来たが、これもどうすることも出来ない。こうなったら謝《あやま》るのほかはないので、由兵衛は早くあやまれと万力に注意して、自分も口を添えて詫びた。万力も幾たびか頭を下げて平謝りにあやまった。こっちの弱味に付け込んで、相手はこの刀を大川に投げ込むぞとおどした。投げ込まれては大変であるから、万力は殆ど泣かぬばかりに弱り切って、結局は桟橋に両手をついて謝った。
仮りにも天下の力士たるものに、両手をついて謝らせて、相手も胸が晴れたであろう。刀は船頭の手から無事に戻された。由兵衛はその船頭に相当の祝儀をやって別れた。
「まあ、そう云うわけで……」と、徳次は話しつづけた。「わたしも傍《そば》に見ていたのですが、相手がお武家だからどうすることも出来ません。相撲取りの腰に差しているのだから、おおかた屋敷の拝領物だろうと見当を付けて、手っ取り早く引ったくってしまうなんて、なかなか喧嘩馴れているのだから敵《かな》いません」
「だ
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