いられなかった。たずねるお俊の家はいつか空家《あきや》になって、かし家の札が斜めに貼られてあった。
「やあ、空店《あきだな》だ」と、松吉は眼を丸くした。
「隣りで訊いてみろ」
松吉は義太夫の師匠の格子をあけて、何か暫く話していたようであったが、やがて忙がしそうに出て来た。
「親分。お俊の家はきのう急に世帯を畳んで、どこへか引っ越してしまったそうです。知らねえ人が来て、諸道具をどしどし片付けて、近所へ挨拶もしねえで立ち去ったので、近所でも不思議に思っていると云うことです。ちっと変ですね」
「引っ越しの時に、お俊は顔を見せねえのか」と、半七は訊いた。
「だしぬけにばたばた片付けに来たので、近所隣りでもよく判らねえのですが、どうもお俊の姿は見えなかったらしいと云うことです。ここらで例の首を見た者はないかと、念のために訊いてみると、その噂を聞いて五、六人駈け着けたが、気味が悪いので誰もはっきりとは見とどけずに帰って来た。なにしろ薄あばたがあると云うのじゃあ、お俊とは違っていると云うのです」
「近所へ挨拶はしねえでも、家主《いえぬし》には断わって行ったろう。家主はどこだ」
「二丁目の角屋《すみ
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