まいりました」と、お蝶も笑いながら答えた。
 半七は何か思い出したように、お蝶のそばへ摺り寄った。
「だしぬけに変なことを訊くようだが、お俊《しゅん》は相変らず達者かえ」
「あら、御存じないんですか。お俊ちゃんはこの六月に引きましたよ」
「ちっとも知らなかった。誰に引かされて、どこへ行った」
「深川の柘榴伊勢屋の旦那に引かされて、相生町《あいおいちょう》一丁目に家を持っていますよ」
「相生町一丁目……。回向院《えこういん》の近所だね」
「そうです」
「お俊は薄あばたがあったかね」
「いいえ」
 お蝶は小三をかえりみると、彼女もうなずいた。
「お俊ちゃんは評判の容貌《きりょう》好しで、あばたなんかありませんわ」
「そうだな」と、半七もうなずいた。
 芸者たちに別れて歩き出すと、松吉はあとを見かえりながら云った。
「だれの眼も違わねえもので、あの女たちに逢った時に、わっしもふっと思い出しました。例の女は柳橋のお俊に似ていると……。だが、今の話じゃあお俊に薄あばたはねえと云う。おなじ仲間が云うのだから間違いはありますめえ。それを聞いてがっかりしましたよ」
「むむ、おれも当てがはずれてしまった
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