うの者はみんなびっくりすると、主人はおどろかず、たとい女にせよ、歳《とし》の始めに人の首を得たと云うのは、武家の吉兆であると祝って、その首の祠《ほこら》を建てたという話があります。昔の武家はそんなことを云ったかも知れませんが、後世になってはそうはいきません。縁もない人間の首なぞを押し付けられては、ただただ迷惑に思うばかりです。わたくしもそれを察していたので、自分の縄張り内ではありませんが、なんとかしてやることになりました」
云いかけて、老人は笑った。
「こう云うと、たいそう侠気《おとこぎ》があるようですが、これをうまく片付けてやれば、屋敷からは相当の礼をくれるに決まっている。時々こういう仕事も無ければ、大勢の子分どもを抱えちゃあいられませんよ」
二
この年の冬は雨が少ないので、乾き切った江戸の町には寒い風が吹きつづけた。その寒い風に吹きさらされながら、二十四日の朝から半七は子分の松吉を連れて、亀戸の慈作寺をたずねた。小栗の屋敷の用人から頼まれて来たことを打ち明けると、寺でも疎略には扱わなかった。それは御苦労でござると早速に奥へ通して、茶菓などをすすめた。
問題の首は小さい白木の箱に納めて、本堂の仏前に置かれてあった。碁盤も共に据えてあった。但しその碁盤が名妓の遺物であるか無いか、又それが深川の柘榴伊勢屋から出たものであるか無いか、その当時の半七はまだなんにも知らなかったのである。二人は線香の煙りのなかから彼《か》のふた品を持ち出して、縁側の明るいところで一々にあらためた。
用人は飽くまでも無関係のように云っているが、そこに何かの秘密がないとは限らない。半七は住職に逢っていろいろの質問を試みた後に、いずれ又まいりますと挨拶して、門前町の霜どけ路へ出た。
「いい塩梅《あんばい》に風がちっと凪《な》ぎましたね」と、松吉は云った。
「もう午《ひる》だ。そこらで飯でも食おう」
半七は先きに立って、近所の小料理屋の二階にあがった。誂え物の来るあいだに、松吉は小声で訊いた。
「親分。どうです、見込みは……」
「まだ見当が付かねえ」と、半七は煙管《きせる》を下に置いた。「首だけでも大抵見当は付く。あの女は確かに堅気《かたぎ》の素人じゃあねえ。どこかで見たような顔だが、どうも思い出せねえ」
「いや、それですよ」と、松吉もひと膝乗り出した。「実はわっしも見たこと
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