で来たのか判らねえ。寺の坊主が殺したのなら、わざわざ人の眼に付くように、地蔵に縛り付けて置く筈はあるめえと思うが……」
「山師坊主め、それを種にして又なにか云い触らすつもりじゃあありませんかね」
「そんな事がねえとも云えず、あるとも云えねえ。ともかくも念のために、小石川へ踏み出してみよう。現場を見届けてからの分別だ」
半七が子分と二人づれで、神田三河町の家を出たのは、二十四日の七ツ(午後四時)過ぎであったが、日が詰まったと云っても八月である。足の早い二人が江戸川端をつたって小石川へ登った頃にも、秋の夕日はまだ紅く残っていた。高源寺は相当に広い寺で、花盛りの頃には定めし見事であったろうと思われる百日紅《さるすべり》の大樹が門を掩《おお》っていた。
往来の人や近所の者が五、六人たたずんで内を覗いていたが、寺中はひっそりと鎮まっていた。門前の左手にある地蔵堂は、寺社方の注意か、寺の遠慮か、板戸や葭簀《よしず》のような物を入口に立て廻して、堂内に立ち入ること無用の札を立ててあった。二人は立ち寄って戸の隙間《すきま》から覗くと、石の地蔵はやはり薄暗いなかに立っていて、その足もとにはこおろぎの
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