いう句でした」
「ええと……、誰《た》が願《がん》ぞ地蔵縛りし藤の花……。そんな句がありますかえ」
「あります。たしかに几董の句で、井華《せいか》集にも出ています。おもしろい句ですね」
「わたくしのような素人にも面白いと思われました」と、老人はほほえんだ。「縛られ地蔵を詠んだ句でしょうが、俳諧だから風流に藤の花と云ったので、藤蔓で縛るなぞはめったに無い。みんな荒縄で幾重にも厳重に引っくくるのだから、地蔵さまも遣り切れません。なにかの願掛けをするものは、その地蔵さまを縛って置いて、願が叶えば縄を解くというわけですから、繁昌する地蔵さまは年百年じゅう縛られていなければなりません。それが仏の利生方便《りしょうほうべん》、まことに有難いところだと申します」
「どの地蔵さまを縛ってもいいんですか」
「いや、そうは行かない。むやみに地蔵さまを縛ったりしては罰《ばち》があたる。縛られる地蔵さまは『縛られ地蔵』に限っているのです。縛られ地蔵は諸国にあるようですが、江戸にも二、三カ所ありました。中でも、世間に知られていたのは小石川|茗荷谷《みょうがたに》の林泉寺で、林泉寺、深光寺、良念寺、徳雲寺と四軒の
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