っている。その抜け道は幅も高さも三尺に過ぎないので、大の男は這って行くのほかは無かった。半七は土竜《もぐら》のように這い込むと、まだ三間とは進まないうちに、道は塞がって行く手をさえぎられた。彼はよんどころなく後退《あとずさ》りをして戻った。
「行かれませんかえ」と、亀吉は訊いた。
「抜け裏じゃあねえ」と、半七は体の泥を払いながら笑った。「途中で行き止まりだ。だが、もう判った。あいつ等は抜け道から土台下へ這い込んで、地蔵をぐらぐら踊らせていたに相違ねえ。へん、子供だましのような事をしやあがる。これで手妻《てづま》の種は判ったが、さてその女がこの一件に係り合いがあるかねえか、その判断がむずかしいな」
 小声で云いながら、二人は葭簀をかき分けて出ると、そこには一人の女が窺うように立っていたので、物に慣れている彼等も少しくぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。女は十六、七で、顔に薄い疱瘡《ほうそう》の痕をぱらぱらと残しているのを瑕《きず》にして、色の小白い、容貌《きりょう》の悪くない娘であった。
「お前はどこの子だえ」と、半七は訊いた。
「はい。そこの……」と、娘は門内を指さした。
 門をはいると左側に花屋がある。彼女はその花屋の娘であるらしい。半七はかさねて訊いた。
「今朝《けさ》はここに女が死んでいたと云うじゃあねえか」
「ええ」と、娘はあいまいに答えた。
「その後に誰か死骸をたずねに来たかえ」
「いいえ」
「死骸は奥に置いてあるのかえ」
「ええ」と、彼女は再びあいまいに答えた。
 とかくにあいまいの返事をつづけているのが、半七らの注意をひいた。亀吉はやや嚇すように訊いた。
「おめえに両親はあるのか。おめえの名はなんと云うのだ」
 母のお金は先年病死した。父の定吉は花屋を商売にしている他《ほか》に、この寺内が広いので、寺男の手伝いをして草取りや水撒きなどもしている。自分の名はお住《すみ》、年は十七であると彼女は答えた。
「おめえ達は門のそばに住んでいながら、ゆうべから今朝にかけて、ここへ死骸を持ち込んだことをなんにも知らなかったのかえ」と、半七は入れ代って訊いた。
「なんにも知りませんでした」
 この時、ひとりの若い僧が門内から出て来た。まだ灯を入れていないが、手には高源寺としるした提灯を持って、彼は足早に通りかかったが、半七らのすがたを見て俄かに立ちどまった。彼は仔細ら
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