ここらでももう評判になっているか。察しの通り、銭《ぜに》の兜だ」と、兼松は長火鉢の前で一服吸いながら云った。「今も八丁堀の旦那と話して来たのだが、おめえはあの兜を見たか」
「見ましたよ。奉納場に飾ってあるのだから、手を着けてみる訳にゃあいかねえが、なにしろなかなか念入りの細工で……。江戸にあんな職人はありますめえ」
「おれは此の頃出不精になったのと、年寄りのくせに後生気《ごしょうぎ》が薄いので、まだお開帳へ参詣をしなかったが、それほど念入りに出来ている兜から小判五枚を引っぺがすのは容易じゃあねえ。恐らく素人の芸じゃああるめえ。金銀細工をする奴らだろう。かねてから付け狙っているうちに、きのう寺社方からのお指図で、急にその小判を取り外すことになったので、奴らも慌ててゆうべのうちに引っぺがしに来たのだろう。こっちの油断は勿論だが、奴らもなかなか抜け目がねえ。だが、勘太。こりゃあ案外早く知れるぜ」
「そうでしょうか」
「今も云う通り、寺社方からのお指図が出て、三日の猶予で落着《らくぢゃく》したのはきのうの夕方だと云うじゃあねえか。世間ではまだ知る筈がねえ。それをすぐに覚って仕事に来た以上、なに
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