間を摺りぬけて逃げ出そうとした。
「ええ、馬鹿をするな」と、兼松はうしろから女の帯をつかんだ。「こっちは男が二人だ。逃げられるなら逃げてみろ」
 それでも逃げてみようとするらしく、女は身をもがいて駈けだそうとした。そのはずみに掴まれた帯はゆるんで、帯に挟《はさ》んでいたらしい何物かがかちり[#「かちり」に傍点]と地に落ちた。勘太が手早く拾ってみると、それは月に光る二朱銀であった。

     三

 鮨屋の女房おぎんは、夜叉神堂を背景にして、吟味のひと幕を開かれた。彼女は品川の女郎あがりで、年明《ねんあ》きの後に六本木の明石鮨へ身を落ちつけたのである。
「亭主の清蔵とは勤めの時からの馴染《なじみ》で、昨年から引き取られて夫婦になりました」と、おぎんは申し立てた。
「その清蔵が先月から左の足に悪い腫物を噴き出しまして、いまだに立ち働きが出来ません。職人任せでは店の方も思うように参りませんので、わたくしも心配して居りますと、それには長谷寺の夜叉神さまにお願い申すに限ると教えてくれた人がありましたので、昼間は店を明けるわけには参りませんから、夕方から御参詣にまいったのでございます」
「この二
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