て見せた。
隠した金を取り出しに来たならば、わざわざ二朱銀五個を袂に入れて来るはずもない。まったく彼は盗んだ金を返しに来たのであった。そう判ると、兼松らもこの若い僧を憎めないような気にもなった。
夜叉神の咎めか、あるいは彼の良心の咎めか、肉付きの面のむかし話にも似たような、一種の不思議を見た為に、彼は今も張子の鬼の面の前に悔悟の涙を流しているのであった。更に不思議と云えば云われるのは、彼が小判と共に二朱銀一個を面箱のなかに押し込んで去ったことである。彼は何分にも慌てていたので、小判五枚は確かにおぼえていたが、二朱銀は五個か六個かはっきりとも記憶していなかった。したがって、二朱銀は全部持ち帰ったものと思っていたのであるが、その一個は面箱のなかに落ちていて、偶然にもおぎんに発見されたのである。
おぎんもこの二朱銀を発見しなければ、単に古い面を持ち帰るに過ぎなかったであろう。二朱銀を発見した為に、おぎんは兼松らに捕えられ、更に箱の底から小判五枚を発見され、又それがために教重も捕えられることになったのである。老練の兼松もここへ来るまでは、別にこれという成案もなかった。おぎんに眼を着けたのが彼の手柄でもあるが、それとても実はまぐれあたりに過ぎない。所詮は面箱のうちに忍んでいた二朱銀一個が、手引きをしてくれたのであった。
「まったく神の業《わざ》です」と、教重がいよいよ恐れたのも無理はなかった。
この時、奥の障子をあけて、女の白い顔があらわれた。それは先刻から門番所に預けられていたおぎんであった。彼女は薄暗い行燈のひかりに教重の顔をのぞきながら云った。
「あら、やっぱりお前さんだったの。どうも聞き覚えのある声だと思ったら……。お前さん、まだ道楽をやめないで、とうとう大変な事を仕出来《しでか》したのねえ」
教重は蒼い顔を俄かに赤くした。
彼はおぎんが品川に勤めている頃の馴染であった。
「この坊さんは斯う見えても、なかなか口がうまいので、あたしばかりじゃあ無い、大勢の女が欺されたんですよ」
なにか昔の恨みがあると見えて、おぎんは遠慮なしに畳みかけるので、教重はいよいよ赤面した。兼松も勘太も笑い出した。
「そんなに弱い者いじめをするなよ」と、兼松は云った。「二朱銀一つだって、ちょろまかせば罪人だが、今夜のところは眼こぼしにしてやる。早くうちへ帰って、亭主の看病でもしろ」
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