十五両ばかりの金を取ったのから足が付いて、ゆうべ板橋の女郎屋で挙げられたそうです。路用が出来たらすぐに伸《の》してしまえばいいものを、娑婆《しゃば》へ出ると遊びたくなる。やっぱり運の尽きですね」と、松吉は笑っていた。
「ほかの奴らのゆくえは知れねえのか」
「二人の申し立てによると、六人は牢屋敷の外へ出ると、すぐにばらばらになってしまったので、誰がどっちへ行ったか知らねえと云うのです。惣吉と松之助だけがひと組になって、本郷から板橋の方向へ行ったのだそうで……。旦那方もずいぶん厳重に調べたようですが、二人はまったく知らねえらしいのです」
「それじゃあ、ちっとも手がかり無しか」と、半七は溜め息をついた。
「そうですよ」と、松吉はうなずいた。「残る四人のうちで、兼吉と勝五郎はどうしたか判らねえが、藤吉と金蔵は牢内にいる時から仲が好かったから、この二人は繋がっているかも知れねえと云うことです。松之助の申し立てによると、金蔵はこんなことを云っていたそうです。おれは江戸に恨みのある奴があるから、そいつに意趣返しをした上でなけりゃあ高飛びは出来ねえと……」
「意趣返しをする」
「それがね、親分」と、松吉はささやいた。「どうも三甚を狙っているらしいのです。金蔵は妙なところへ見得《みえ》を張る奴で、三甚のような小僧ッ子に召捕られたのは、おれの顔にかかわるとか、おれの名折れになるとか云って、むやみに口惜《くや》しがっているのだそうで……。牢抜けをする以上、どうで命はねえに決まっているから、恨みのある三甚を殺《ば》らして置いて、それから高飛びをする料簡じゃあねえかと思うのですが……。そうなると、三甚もいい面《つら》の皮です」
「悪党らしくもねえ、未練な奴だな」と、半七は舌打ちした。「そう聞くと、さつきの女房の話も嘘じゃああるめえ。金蔵に似た奴が西の久保の切通し辺をうろ付いているのを見た者があるそうだ」
「藤吉も一緒でしょうか」
「それは判らねえが、ひょっとすると藤吉に助太刀をたのんで、何をするか判らねえ。三甚も如才《じょさい》なく用心しているだろうが、飛んだ奴に魅《み》こまれたものだ」
 半七も多寡《たか》をくくっていられなくなった。捕り手に逆恨《さかうら》みをするなどは悪党らしくない奴だとは思ったが、相手が恨むと云う以上、それをどうすることも出来ない。しかしそれを逆に利用して金蔵を手元へ
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