《はなしか》の芸人なぞを取巻きに連れて、吉原そのほかを遊び歩いているように聞いて居りますが……」
「大店《おおだな》の若旦那だから、大方そんなことでしょうね」と、云いながら半七は少し考えていたが、やがて又しずかに云い出した。「じゃあ、番頭さん、ともかくもこの一件はわたくしに任せて下さい。庄太の云う通り、おまえさんが顔を出すと、相手は足もとを見て、大きなことを吹っかけるかも知れねえ、そうなると、事が面倒ですから、わたくしの一手で何とか埒を明けましょう。しかし番頭さん、こりゃあどうしても唯じゃあ済みそうもねえ。五十両や百両は痛むものと覚悟していておくんなさい」
「はい、はい。それは承知して居ります」
勿論そのくらいの事は覚悟の上であるから、いつまでもあと腐れのないように宜しくお願い申すと、宗助は云った。
五
増村の番頭に別れて料理屋を出ると、門《かど》の葉柳は雨にぬれてなびいていた。
「まだ降っていやあがる。親分、これからどうします」と、庄太は訊《き》いた。
「お葉の家《うち》はあと廻しにして、おれが急に思い付いたことがある」と、半七は歩きながら小声で話した。「増村の息子に訊いても口を結んでいるかも知れねえから、その友達を詮議してみろ。近所に呉服屋や小間物屋の遊び仲間があると云うから、それを訊いて廻ったら大抵は判るだろう。その連中が取巻きに連れ歩いている太鼓持や落語家のうちに、素姓の変っている奴があるか無いか、それを洗ってくれ。お葉に掛け合いを付けるのは、それから後のことだ」
「ようがす。受け合いました」
庄太は二人に別れて立ち去った。
「じゃあ、これで引き揚げですかえ」と、亀吉は少し詰まらなそうに云った。「これじゃあ浅草まで酒を飲みに来たようなものだ」
「その酒も飲み足りねえだろうが、まあ我慢しろ。これでお城の一件もどうにか当たりが付きそうに思うのだが……」
「そうですかねえ」
「まだ判らねえか」
「判りませんねえ」
「じゃあ、まあ、ぶらぶら歩きながら話そうか」
ふたりは吾妻橋の袂から、往来の少ない大川端へ出て、傘をならべて歩いた。
「実は今、あの番頭の話を聴いているうちに、おれはふいと胸に泛かんだことがある。おめえ達が聴いたら、あんまり夢のような当て推量だと思うかも知れねえが、その当て推量が見事にぽんと当たる例がたびたびあるから面白い」
「そこで、今度の当て推量は……」
「まあ、こうだ」と、半七はうしろを見かえりながら云い出した。「お城の一件は、あの息子たちの趣向だな」
「悪い趣向だ。途方もねえ。なんぼ何だってそんな事を……」と、亀吉は問題にならないと云うように笑っていた。
「それだから夢のようだと云っているのだ。おれの当て推量はまあ斯うだ。おめえも知っているだろうが、この頃は世の中がだんだんに変わって来て、道楽もひと通りのことじゃあ面白くねえと云う連中が殖えて来た。三、四年前の田舎源氏《いなかげんじ》の一件なんぞがいい手本だ。みんなひどい目に逢いながら、やっぱり懲りねえらしい。増村の息子をはじめ、その遊び仲間は工面《くめん》のいい家の息子株だ。大抵の遊びはもう面白くねえ、なにか変った趣向はねえかと云ううちに、誰が云い出したか、たぶん増村の息子だろう、お城の玄関前で踊った奴には五十両やるとか、歌った奴には百両やるとか、冗談半分に云い出したのが始まりで、おれがやるという剽軽者《ひょうきんもの》があらわれたらしい」
「違げえねえ」と、亀吉は思わず叫んだ。「わっしはすっかり忘れていた。そうだ、そうだ。石屋の安の野郎の二代目だ。親分は覚えがいいな」
今から七、八年以前のことである。神田川の河岸《かし》にある石屋のせがれ安太郎が、友達五、六人と清元の師匠の家に寄り集まったとき、その一人が云い出して、桜田門の見附《みつけ》の桝形のまん中に坐って、握り飯三つと酒一合を飲み食いした者には、五両の賞金を賭けると云うことになった。よろしい、おれがやって見せると引き受けたのが安太郎で、ひそかに準備をしているうちに、それが早くも両親の耳にはいって、飛んでもない野郎だと大目玉を食わされた。勿論その計画は中止されたばかりでなく、そんな奴は何を仕でかすかも知れないと云うので、安太郎はとうとう勘当された。
江戸末期の頽廃期には、こんな洒落をして喜ぶ者が往々ある。今度の一件もその二代目ではないかと、半七は想像したのであった。それを聞いて、亀吉も俄かに共鳴した。
「親分、夢じゃあねえ、確かにそれですよ。安のような職人とは違って、みんな大店の若旦那だから、さすがに自分が出て行くと云う者はねえ。取巻きの太鼓持か落語家のうちで、褒美の金に眼が眩《く》れて、その役を買って出た奴があるに相違ねえ。洒落にしろ、悪戯《いたずら》にしろ、飛んだ人騒がせをしやあがるな」
「だが、その太鼓持か落語家は、相当に度胸がなけりゃあ出来ねえ芸だ。まじめじゃあ助からねえと思って、気ちがいの振りをしたのだろうが、川越の屋敷から町奉行所へ引き渡される途中で縄抜けをしている。これが又、誰にでも出来る芸じゃあねえから、なにかの素姓のある奴に相違ねえ。庄太に調べさせたら、大抵わかるだろう」
「お葉も係り合いがあるのでしょうね」
「川越次郎兵衛の笠がある以上、お葉もなにかの係り合いがありそうだ。ともかくもお葉はその一件を知っていて、増村の息子を嚇かしているのだろう。それが、表向きになりゃあ、唯じゃあ済まねえ。本人は勿論、親たちだって飛んだ巻き添えを食うのは知れたことだ。息子も今じゃあ後悔して、蒼くなっているに相違ねえ。そこへ附け込んで、お葉は口留め料をゆすっている。それも相手を見て、大きく吹っかけているのだろう。よくねえ奴だ」
「お葉と一緒に増村へ行ったという奴は何者でしょう」と、亀吉は訊いた。
「それは判らねえが、あの辺をごろ付いている奴か、女衒仲間の悪い奴だろう。亭主が中気で寝ていると云うから、お葉も男の一人ぐらいは拵えているかも知れねえ」
こういう時に、路ばたの露路から不意に飛び出した女がある。彼女は傘もささずに、跣足《はだし》で雨のなかを横切って行くのを、半七は眼早く見つけた。
「あ、いけねえ」
半七は傘をなげ捨てて、これも跣足になって駈け出した。今や大川へ飛び込もうとする女の帯は、うしろから半七の手につかまれた。亀吉もつづいて駈け寄ると、露路の中から男と女が駈け出して来た。
「おめえは番太の女房だな。まあ、おちついておれの顔をよく見ろ」と、半七は云った。
半気違いのようになっている女房も、半七と知って急におとなしくなった。あとから追って来たのは、お霜の亭主の要作と、この露路の奥に住んでいるお高という女であった。
雨のなかではどうにもならないので、人々はお霜を取り囲んで露路の奥へはいった。ここらには囲い者の隠れ家が多い。お高もその一人で、以前は外神田の番太郎の近所に住んでいて、お霜に洗濯物などを頼んだこともある。お霜は夫婦喧嘩の末に、あても無しに我が家を飛び出して、柳原のあたりをうろ付いていると、あたかもむかし馴染のお高に出逢った。
お高はもとより詳しい仔細を知らない。お霜も正直には云わないで、唯ひと通りの夫婦喧嘩のように話していた。それにしても一応の意見を加えて自宅へ戻らせるのが当然であるが、お高はお霜に味方して、当分はわたしの家に隠れていろと云った。
心あたりを探し尽くして、もしやとここへ尋ねて来た要作は、女房のすがたを見いだして呶鳴りつけた。お霜も負けずに云いかえした。お高もお霜の加勢をした。女ふたりに云い込められて、逆上《のぼ》せあがった要作は、女房の髪をつかんで滅茶苦茶になぐった。お霜も嚇《かっ》とのぼせて、いっそ死んでしまおうと川端へ飛び出したのである。その頃の大川は身投げの本場であった。
その留め男が半七であると判って、要作もお高も恐縮した。濡れた着物を拭くやら、汚れた足を洗わせるやらして、彼等はしきりに半七にあやまった。
「いや、あやまる事はねえ。そこで、番太のかみさん。おめえにもう一度訊きてえことがある」
半七はお霜を二階へ連れてあがると、そこは三畳と横六畳のふた間で、座敷の床の間には杜若《かきつばた》が生けてあった。東向きの縁側の欄干を越えて、雨の大川が煙《けむ》って見えた。その六畳に坐って、彼はお霜と差し向かいになった。
「もうひと足の所でおめえはどぶんを極めるところだった。それを助けた半七はまあ命の親というものだろう」と、半七は笑いながら云った。「命の親に嘘を云うのは良くねえことだ。これからは正直に返事をしてくれねえじゃあいけねえよ」
「はい」と、お霜は散らし髪の頭を下げた。
「いいかえ。嘘を云わねえ約束だよ」と、半七は念を押した。「おめえはこの間、おれに嘘をついたね」
「いいえ、そんな」
「下に来ているのは子分の亀吉という奴で、実はきのう川越から帰って来たのだ。おれの方でもひと通りは調べてある。おめえはおれに隠しているが、弟のゆくえを知っているのだろうな。きょうは花川戸のお葉のところへも廻って来て、その帰り道で丁度におめえに逢ったのだ。さあ、正直に云ってくれ。おれの方から云って聞かせてもいいが、それじゃあおめえの為にならねえ。おめえの口から正直に種を明かして、このあいだ嘘をついた罪ほろぼしをした方がよかろうぜ。それとも何処までも強情を張って、嘘を云い通すのか」
気嵩《きがさ》のようでも根が正直者のお霜である。かま[#「かま」に傍点]をかけられて恐れ入ったらしく、さっきから下げている頭を畳に摺りつけた。
「恐れ入りましてございます」
「次郎兵衛はその後におめえの家《うち》へ立ち廻ったな」
「はい。二十七日の宵に忍んで参りました」
「そうして、どこへ行った」
「どうしても江戸にはいられない。といって、村へ帰ることも出来ない。相州大磯の在に知り人があるから、一時そこに身を隠していると申しますので、亭主には内証で少々の路用を持たせてやりました」
それを亭主の要作に覚《さと》られたのが夫婦喧嘩のもとであり、家出のもとであると、お霜は白状した。
「次郎兵衛はどうしてお葉と懇意になったのだ」と、半七はまた訊いた。
「船のなかで……」と、お霜は答えた。「御承知でもございましょうが、川越から江戸へ出ますには、新河岸川から夜船に乗ります。その船のなかで懇意になったのだそうでございます」
お磯の身売りについて、お葉は玉の下見《したみ》に行った。その帰りの船が次郎兵衛と一緒であったので、互いに心安くなった。乗合いは田舎道者《いなかどうじゃ》や旅商人《たびあきんど》、そのなかで年も若く、在郷者には不似合いのきりり[#「きりり」に傍点]とした次郎兵衛の男ぶりがお葉の眼に付いたらしく、船場で買った鮨や饅頭などを分けてくれて、しきりに馴れなれしく話しかけた。むかしの夜船はとかくにいろいろの※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28] 話を生み易いものである。
その一夜をいかに過ごしたか、お霜もよくは知らないのであるが、晦日《みそか》に川越を立って三月の朔日《ついたち》に花川戸へ着いたお葉は、すぐに次郎兵衛と手を分かつことを好まなかった。自分の家は眼の先きにあると云って、ひと先ず彼を我が家に連れ込んで、中気で寝ている亭主の手前はなんと云いつくろったか、ともかくも二日のあいだは次郎兵衛を二階に引き留めて置いた。三日の午過ぎに、彼はようよう放たれて出たが、そのときにかの川越次郎兵衛の笠を置き忘れて来たのであった。
奉公先きに対する意見の相違で、彼は義兄《あに》の要作と衝突した。もう一つには、二、三日後には必ず尋ねて来てくれと、お葉から堅く念を押されているので、次郎兵衛はふらふらと飛び出して戸沢長屋へたずねて行くと、お葉はよろこんで迎えた。しかも自分の家に長く泊めて置くのは亭主の手前もあるので、お葉は近所のおきつという女|髪結《かみゆい》の二階に次郎兵衛を預けた。自分がいい仕事を見つけてやるから、武家奉公などは止
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