後におめえの家《うち》へ立ち廻ったな」
「はい。二十七日の宵に忍んで参りました」
「そうして、どこへ行った」
「どうしても江戸にはいられない。といって、村へ帰ることも出来ない。相州大磯の在に知り人があるから、一時そこに身を隠していると申しますので、亭主には内証で少々の路用を持たせてやりました」
 それを亭主の要作に覚《さと》られたのが夫婦喧嘩のもとであり、家出のもとであると、お霜は白状した。
「次郎兵衛はどうしてお葉と懇意になったのだ」と、半七はまた訊いた。
「船のなかで……」と、お霜は答えた。「御承知でもございましょうが、川越から江戸へ出ますには、新河岸川から夜船に乗ります。その船のなかで懇意になったのだそうでございます」
 お磯の身売りについて、お葉は玉の下見《したみ》に行った。その帰りの船が次郎兵衛と一緒であったので、互いに心安くなった。乗合いは田舎道者《いなかどうじゃ》や旅商人《たびあきんど》、そのなかで年も若く、在郷者には不似合いのきりり[#「きりり」に傍点]とした次郎兵衛の男ぶりがお葉の眼に付いたらしく、船場で買った鮨や饅頭などを分けてくれて、しきりに馴れなれしく話しかけた
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