。しかし弟は年も若し、初めて江戸へ出て来たのであるから、むやみに家を飛び出しても、ほかに頼るさきはない筈である。さりとて故郷へ帰ったとも思われず、どうしているか案じられてならないと、彼女は苦労ありそうに云った。
 番太郎へたずねて来た二人の女に就いて、彼女はこう説明した。
「三月二十八日のお午《ひる》過ぎでございました。浅草の者だと云って、粋な風体《ふうてい》の年増の人が見えまして、次郎兵衛に逢いたいと云うのでございます。まさかに家出をしましたとも云えませんので、まあいい加減に断わりますと、むこうではわたくしが隠しているとでも疑っているらしく、強情に何のかのと云って立ち去りませんので、わたくしもしまいは腹が立って来まして、つい大きい声を出すようにもなりました」
「女はとうとう素直に帰ったのだな」と、半七は訊《き》いた。
「はい。帰るには帰りましたが、帰りぎわに何だか怖いことを云って行きました」
「どんなことを云った」
「あの人にそう云ってくれ。あたしは決しておまえを唯では置かない。それが怖ければ浅草へたずねて来いと……」
「その女は江戸者だな」
「着物から口の利き方まで確かに下町《した
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