まち》の人で、なにか水商売でもしている人じゃあないかと思います。初めて江戸へ出て来た弟がどうしてあんな人を識っているのかと、まったく不思議でなりません」
「おめえの弟は田舎者でもきりり[#「きりり」に傍点]としていると云うから、素早く江戸の女に魅《み》こまれたのかも知れねえ」と、半七は笑った。「女は浅草とばかりで、居どころを云わねえのだな」
「云いませんでした。次郎兵衛は知っているのでございましょう」
「それから、また別に若けえ女が来たと云うじゃあねえか。それはどうした」
「それは、あの……」と、お霜は云い淀んだように眼を伏せた。
「それはおめえも識っている女だな。おなじ村の者か」
お霜はやはり俯向いていた。
「なぜ黙っているのだ。その女は弟のあとを追っかけて来たのか」と、半七は畳みかけて訊いた。
「いえ、そういうわけでは……」と、お霜はあわてて打ち消した。
「それにしても、おめえも識っている女だろう。名はなんというのだ」
「お磯と申しまして、おなじ村の者ではございますが、家が離れて居りますのと、わたくしどもは久しい以前に村を出ましたのでよくは存じません。親の名を云われて、初めて気がついたくらいでございます。これも江戸へ奉公に出て来て、浅草の方にいるとばかりで、くわしいことを申しませんでした」
「これも浅草か」
「これもやはり弟に逢わせてくれと申しまして、なかなか素直に帰りませんのを、わたくしが叱って追い帰しました」
「おめえの弟はよっぽど色男らしいな」と、半七はまた笑った。「年増に魅こまれ、娘に追っかけられ、あんまり豊年過ぎるじゃあねえか。それだから天狗に攫われるのだ。そうして、女二人はそれっきり来ねえのか」
「まいりません」と、お霜ははっきり答えた。「それぎりで再び姿を見せません」
「お磯の親はなんというのだ」
「駒八と申します」
駒八は相当の農家であったが、いろいろの不幸つづきで今は衰微しているという噂であると、お霜は付け加えて云った。
「じゃあ、まあ、きょうはこの位にしよう」と、半七は云った。「おめえは今度のことに就いて、亭主と夫婦喧嘩でもしやあしねえか」
お霜は黙っていた。
「弟の肩を持って、亭主と喧嘩でもしやあしねえか。ふだんもそうだが、こういう時に夫婦喧嘩は猶さら禁物《きんもつ》だ。仲好くしねえじゃあいけねえぜ」
「はい」と、お霜は口のうちで答え
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