事がねえとも云えねえが、小隊長の云う通り、どうも人間らしい匂いがするな」と、半七は笑った。
「だが、なぜそんないたずらをするのか、そのわけが判らねえので、どこから手を着けていいか見当が付かねえ。こうなると、なんでも手掛かりのある所から手繰《たぐ》って行くよりほかはねえ。弥助、おめえは、天神下に行って、藤屋のお房という女をしらべてくれ。なるべく当人に覚《さと》られねえようにするがいいぜ。亀、おめえは鮎川という歩兵の出這入りに気をつけてくれ。きょうの様子じゃあ、お房と鮎川とは訳があるかも知れねえからな」
「茶袋め、しゃれた事をしやあがる」と、亀吉も笑った。「ようがす。よく気を付けましょう」
「お房には兄貴がある筈で、そいつは何か小博奕なんぞを打つ奴らしいですよ」と、弥助は云った。「ひょっとすると、その茶袋もやくざ者で、隊へはいらねえ前からお房を識っているのかも知れませんね」
「じゃあ、色の遺恨で誰かがちょん切ったかな」と、亀吉はすこし考えていた。「だが、切られたのは十一人だと云うから、まさかみんなが色の遺恨を受ける覚えもあるめえ。そんなに色男が揃っているなら、茶袋だって世間から可愛がられる筈だ。まあ、なにしろ行って来ます」
 二人は怱々に出て行った。髪切りが人間の仕業であるとすれば、普通のいたずらとしては余りに念入りである。何者がなんの為にそんないたずらをするのかと、半七は午飯《ひるめし》をくいながら考えた。そうして、おぼろげながら一つの推測をくだした時、子分の幸次郎が忙がしそうにはいって来た。
「親分。早速ですが、いい話を聴いて来ました」
「いい話……。金でも降ったというのか」
「まぜっ返しちゃあいけねえ。実はゆうべ、浅草の代地河岸《だいちぎし》のお園《その》という女の家《うち》へ押込みがはいって、おふくろと女中の物には眼もくれず、お園の着物をいっさい担ぎ出してしまいました。それだけなら珍らしくもねえが、出ぎわにお園の髷を根元からふっつりと切って、持って行ったそうです」
「お園というのは何者だ」
「以前は深川で芸者をしていたのを、ある旦那に引かされて、おふくろと女中の三人暮らしで、代地に囲われているのです。年は二十三で、ちょいと蹈める女です。商売あがりの女だから、昔の色のいきさつで髷を切られる位のことはありそうですが、それにしちゃあ着物をみんな担ぎ出すのは暴《あら》っ
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