る伝蔵は、一途《いちず》に才兵衛を恋のかたきと睨んで、その出入りを付け狙っていたらしい。彼は才兵衛が今戸の寮から帰る途中を待ち受けて、無理に聖天下のさびしい場所へ連れ込んで、かれこれ押し問答の末に、その兇暴性を発揮したものと認められた。福田の屋敷に関係のある者のうちに、お熊が現在の奉公先を知っているものは無い筈であるから、伝蔵は誰の口から聞き出したのでもなく、偶然の通りすがりにお熊のすがたを発見したらしかった。
「わたくしから、こんな事が出来《しゅったい》しまして、御主人さまに申し訳がございません」と、お熊は泣いていた。

     六

 遠州屋才兵衛を殺した下手人は伝蔵と認定されたが、そのゆくえは判らなかった。才兵衛がその夜今戸の寮へ出向いたのは、斑入りの雁の羽を売り込みに行ったのであるという事が判って、半七らは一種不思議の因縁が付きまとっているようにも思った。
 江戸の花が散り、ほととぎすが啼き渡る頃になっても、伝蔵という悪魚は網に入らなかった。春の末から半七らはかの「正雪の絵馬」の一件に係り合うことになって、六月十一日に犯人重兵衛を取り押さえたが、同時に淀橋の火薬製造所が爆発し
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