ょう。何分にも吉良の形見では人気が付かないのですが、河辺の家では吉良の形見というよりも先祖の形見という意味で大切に保存していたそうで、これは擬《まが》い無しの本物だと云うことでした」
「たとい吉良にしても、元禄時代のそういう物が残っているのは珍らしいことですね」
「まったく珍らしいという噂でした。わたくしは縁が無くて、その河辺さんの小袖は見ませんでしたが、別のところで吉良の脇指というのを見たことがありました」
「いろいろの物が残っているものですね」
「それが又おもしろい。吉良の脇指がかたき討ちに使われたんですからね。物事はさかさまになるもので、かたきを討たれた吉良の脇指が、今度はかたき討ちのお役に立つ。どうも不思議の因縁ですね。しかしこのかたき討ちは、いつぞやお話し申した『青山の仇討』一件のような、怪しげなものじゃあありません」
わたしの手がそろそろ懐ろへはいるのを横眼に見ながら、半七老人は息つぎに煙草を一服すった。
「はは、あなたの閻魔帳がもう出る頃だと思っていましたよ」
老人は婆やを呼んでランプをつけさせた。雪は降り出さないが、表を通る鮒《ふな》売りの声が師走《しわす》の寒さを
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