ょさい》なく、ひと通りの探索はしているだろうが、こっちはこっちで新規に手を伸ばさなけりゃあならねえ。直七と鶴吉の話によると、その伝蔵という奴は秩父の生まれだそうだが、一文無しで故郷へ帰ることも出来めえ。といって、江戸にいるのもあぶねえと云うので、どっかへ草鞋《わらじ》を穿《は》いたかも知れねえ。なにしろ三月も前のことだから、その足あとを尾《つ》けるのがちっと面倒だ」
「伝蔵と係り合いの女はどこにいるでしょう」
「それはお熊という女で、年は十九、宿は堀江だそうだ」
「堀江とは何処ですね」
「下総《しもうさ》の分だが、東葛飾《ひがしかつしか》だから江戸からは遠くねえ。まあ、行徳《ぎょうとく》の近所だと思えばいいのだ。そこに浦安《うらやす》という村がある。その村のうちに堀江や猫実《ねこざね》……」
「判りました。堀江、猫実……。江戸から遠出の釣りや、汐干狩に行く人があります」
「そうだ、そうだ。つまり江戸川の末の方で、片っ方《ぽ》は海にむかっている所だ。むかしは堀江千軒と云われてたいそう繁昌した土地だそうだが、今は行徳や船橋に繁昌を取られて、よっぽど寂《さび》れたということだ。漁師町だが、百
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