や風俗を詮議すると、初めの二人づれは四谷の常陸屋の子分らが伝蔵とお熊のありかを探りに来たらしく、後の一人は伝蔵自身であるらしかった。
「ともかくも宇兵衛の家《うち》へ行ってみよう」
 半七は先に立って歩き出すと、冬がれの田のあいだに小さい農家が見いだされた。門口《かどぐち》には大きい枯れすすきの一叢《ひとむら》が刈り取られずに残っていた。

     四

 すすきの蔭から覗くと、家の構えは小さいが、さのみに貧しい世帯《しょたい》とも見えないで、型ばかりの垣のなかにはかなりに広い空地《あきち》を取っていた。葉のない猫柳の下に井戸があって、女房らしい二十四五の女が何か洗い物をしていた。
 案内を求めて、半七と善八が内へはいると、女房は湿《ぬ》れ手をふきながら出て来た。
「宇兵衛さんはお内でしょうか」と、半七は丁寧に挨拶した。「わたし達は江戸の者で、成田さまへ御参詣に行った帰りでございます。これはほんのお土産のおしるしで……」
 善八に風呂敷をあけさせて、取り出した羊羹二本はきのうの貰い物であった。見識らぬ人のみやげ物を迂濶に受け取っていいか悪いかと、その判断に迷ったように、女房は手を出しかねて、二人の顔を眺めていた。
「宇兵衛さんはお内ですか」と、半七は重ねて訊いた。
「居りますよ」と、女房はやはり不安そうに答えた。
 この時、裏の畑からでも引き抜いて来たらしい土大根二、三本をさげて、二十八九の男が井戸端に姿をあらわした。女房は駈け寄って何かささやくと、男も不安らしい眼を据えて半七らをじっと窺っていたが、やがて大根を井戸ばたに置いて、門口に出て来た。
「宇兵衛は私ですが、おまえさん方はお江戸から来なすったのかね」
「ええ、今もおかみさんに云った通り、成田さまへ御参詣に行った帰り道に、ちょいとおたずね申しました。以前番町のお屋敷に御奉公していたお辰さんに頼まれまして……」
 お辰というのはお熊の故《もと》朋輩で、福田の屋敷が滅亡の後、四谷のお城坊主の家へ奉公換えをした者である。その名は宇兵衛も聞き知っていたと見えて、俄かに打ち解けたように会釈《えしゃく》した。
「ああ、そうでしたか。番町のお屋敷に御奉公中は、妹めがいろいろ御厄介になりましたそうで……。まあ、どうぞこちらへ……」
 正直者らしい宇兵衛は、うたがう様子もなしに半七らを内へ招じ入れた。
「いや、構わないで下さい。わたし達は急ぎますから」と、半七は入口に腰をかけた。「早速ですが、お熊さんはどうしました。お辰さんもそれを心配して、わたし達に訊いて来てくれと頼まれましたが……」
「御親切にありがとうございます」と、宇兵衛も丁寧に頭を下げた。「それではお前さんも大抵のことは御承知でございましょうが、お熊の奴め、飛んでもねえ心得違いを致しまして、なんとも申し訳ございません」
「若けえ者だから仕方がないようなものだが、それからいろいろのことが出来《しゅったい》したらしいね」
「わたしも実にびっくりしました。九月のはじめにお熊が戻って来まして、始めは隠していましたが、どうも様子がおかしいので、だんだん詮議いたしますと、実はこうこう云うわけでお暇になったと白状いたしました。相手はどんな人か知らないが、お中間なんぞと係り合ったところで行く末の見込みは無いと、女房からも私からもよくよく意見を致しましたら、当人も眼が醒めた様子で、その男のことは思い切ると申していました。しかし田舎に帰っていても仕様がないから、もう一度お江戸へ奉公に出してくれと云いますので、わたし達はなんだか不安心に思いましたが、当人がしきりに頼みますので、とうとう又出してやることになりました。お熊はまったく思い切ったようで、万一その伝蔵という男がたずねて来ても、わたしの行く先を教えてくれるなと頼んで出ました」
「今度は江戸へ出て、どこへ奉公しているのだね」
「下谷の遠州屋という道具屋さんで……」
「遠州屋……」と、半七は善八と顔をみあわせた。そこらをうろ付いている道具屋才兵衛の店に、お熊が奉公していようとは、まことに不思議な廻り合わせであった。
「それから小ひと月も立ちまして、十月の十日《とおか》とおぼえています」と、宇兵衛は話しつづけた。「お江戸から御用聞きの方が二人づれでお出でになりまして、お熊はどうした、伝蔵は来ているかという御詮議で……。だんだんのお話をうかがいまして、実におどろきました。伝蔵という男は、まあ何という奴か。妹にも早く思い切らせて好かったと、その時つくづく思いました。ところが、お前さん。それから五、六日の後に、その伝蔵がたずねて来ましたので、わたし達はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としました」
「そこで、どうしたね」
「伝蔵はもう近所で探って来たと見えまして、お熊のいない事を知っていました。どこへ行ったと
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