ども泊まって、ゆっくり江戸見物をして帰りましたが、ここに一つの面倒がおこった。と云うのは、茂兵衛の女房のお稲と金右衛門とは従妹《いとこ》同士で、子供のときから仲がいい。今度も金右衛門が逗留している間、お稲が親切に世話をしてやった。それが亭主の茂兵衛の眼には怪しく見えたと云うわけで、金右衛門が帰国した後に夫婦喧嘩がおこりました。
 従妹同士の金右衛門とお稲とのあいだに、本当に不義密通の事実があったのか、但しは茂兵衛ひとりの邪推か、そこははっきり判り兼ねますが、その以来、夫婦仲がとかくにまるく納まらないで、何かにつけて茂兵衛は女房につらく当たったそうです。そのためか、お稲はだんだんに体が弱くなって、おととしの暮れに三十三で死にました。死ぬ三日ほど前にも激しい夫婦喧嘩をしたと云いますから、お稲の死因も少し怪しいと思われないこともありません。
 江戸と佐倉と距《はな》れていますから、そんな捫著《もんちゃく》のおこったことを金右衛門はちっとも知らないで、今度の芝居見物に出て来たついでに、八年振りで下総屋へ尋ねて来ました。その金右衛門の顔をみると、茂兵衛はむかしの恨みがむらむらと湧き出して……。昔 
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