す」
「こいつが六道の辻で仇討をした奴ですよ。かたき討をした時に、水野家の辻番へ行って、自分は備中松山五万石板倉周防守の藩中と名乗りましたが、それは出たらめで、実はその近所の一万石ばかりの小さい大名の家来です。自分は伊沢千右衛門、かたきは山路郡蔵、この姓名も出たらめで、本人は野口武助、相手は森山郡兵衛というのが実名でした」
「じゃあ、かたき討も嘘ですか」
「まあ、こういうわけです。野口武助の親父は武右衛門といって、屋敷の金蔵番であったのは本当です。せがれの武助は放蕩者、同藩中の森山郡兵衛と共謀して、自分のおやじが鍵預かりをしている金蔵へ忍び込み、五百両の金をぬすみ出して出奔した。こんな事をすれば親父に難儀のかかるのは知れ切っているのに、実に呆れた不忠不孝の曲者です。果たしてそれが為に、親父の武右衛門は切腹したそうです。ところで、本街道を行くと追っ手のかかる虞《おそ》れがあるので、武助と郡兵衛は廻り道をして丹波路へ落ちて来ると、郡兵衛は武助を途中で撒《ま》いて、どこへか逃げてしまいました。勿論、例の五百両は郡兵衛が持ち逃げをしたわけです。
 これには武助もおどろいたが、表向きに訴えること
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