為さんは金右衛門さんと相談して、ともかくもお種さんを取り戻しに行くことになりましたが、二人の路銀をあわせても六両の金がありません。胴巻の金まで振るい出しても、四両二分ばかりしか無いので、不足の一両二分は旦那が足してやることにして、今夜ここへ出て来たのです」
「主人がなぜ一緒に来ねえのだ」
「主人が一緒に来る筈でしたが、夕方から持病の疝癪《せんき》の差し込みがおこって、身動きが出来なくなりました。朝早くから出歩いて、冷えたのだろうと云うのです。そこで、主人の代りにわたしが出て来ることになりました。権田原のまん中に大きい榛の木がある。そこへ行けば、相手がお種さんを連れて来ているから、六両の金と引っ換えに、お種さんを受け取って来いと云われたので、為さんを案内して出て来ると、途中でこんな騒ぎが出来《しゅったい》したのです」
「それにしても、無じるしの提灯をなぜ持って来た」
「旦那の云うには、こんなことが世間へ知れると、おたがいに迷惑する。下総屋のしるしのない提灯を持って行けと云うので……」
「むむ。まあ、大抵は判った。じゃあ、おれに手伝って、この怪我人を運んで行け」
 さっきから手負いのことが
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