太も聞き捨てにはならないので、ともかくも声のする方角へ駈けてゆくと、ひとりの男が庄太に突きあたった。ひとりの女は半七に突きあたって倒れた。榛の木の下では男の笑う声がきこえた。
この不意の出来事におどろかされて、藤助と為吉は暫く其処に立ち停まっているらしいので、半七は見かえって声をかけた。
「おい、おい。その提灯を貸してくれ」
藤助はまだ躊躇しているので、庄太はじれて又呼んだ。
「おい、下総屋の奉公人。早く提灯を持って来い」
下総屋の名を呼ばれて、藤助ももう逃げることも出来なくなったらしく、提灯を持って近寄って来た。その灯に照らし出されたのは、二十一二の町人風の男と、新宿あたりの女郎らしい二十歳《はたち》前後の仇めいた女であった。
「駈け落ち者だな」と、庄太は云った。「それにしても、人殺しとはどうしたのだ」
「あすこに……」と、男は榛の木のあたりを指した。「不意に出て来て……斬るぞと云いまして……」
半七は、藤助の提灯を取って、すぐに木の下へ駈けて行ったが、そこにはもう人の影も見えなかった。事面倒と見て、早くも姿を隠したらしい。面倒は彼ばかりでなく、半七も同様であった。折角|尾《
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